2026年1月1日木曜日

シンポジウム「「宗教弾圧」的想像力の近代」の件

この1月と3月に、駒澤大学(+Zoom)で↓のような公開シンポジウムを開催することになった。
こちらの特設サイトから申し込みができるので、気になった方はぜひアクセスしていただきたい。このブログでも、どういう思惑でこういう企画を立てたのか、若干記しておこうと思う。


シンポジウム全体のタイトルは

「宗教弾圧」的想像力の近代

というもので、「宗教弾圧」にかかわる話だということは分かっていただけるだろうが、とりあえず公式的な企画趣旨はこんな感じだ。

私たちは、社会と宗教のあるべき関係性をどのように想像してきた/いるのだろうか? あるいは、自分たちが生きる社会について考えるとき、宗教というモティーフがどのような位置を占めてきた/いるのだろうか? 本シンポジウムでは、「宗教弾圧」をめぐる言説・イメージを通して、これらの問題を追求したい。宗教的アクターと世俗的アクターの交錯によって生成する「宗教弾圧」は、宗教/世俗の語彙・文法を用いて語りなおされ、多型的な「宗教弾圧」的想像力を生み出してきた。近現代社会のコンテクストにおいて、「宗教弾圧」はときに宗教運動の駆動力として、ときに体制批判のモティーフとして、ときにナショナリズムの源泉として、ときに戦時体験の換喩として想起され、表象される。日本において「宗教弾圧」を語る作法はどのように形成されたのか、戦後社会で「宗教弾圧」的想像力が果たした役割はどのようなものだったのか、オウム真理教事件後の状況下、それはどのように変容したのか。解放後の韓国や現代フランスの状況ともリンクさせながら、世俗主義社会の感性を問いなおしたい。 

もうちょっと言葉を補っていこう(ここから先は、企画者である永岡の個人的な考え)。

まずお断りしなければならないのは、このシンポジウムはいわゆる「宗教弾圧」の実態を追究しようとするものではない。そうではなく、僕たちが「宗教弾圧」という言葉を使う(あるいは使わない)とき、いったい何が起こっているのかを歴史的な視座から再考してみたいと思っているのだ。

……いささか分かりづらかったと思う。順を追って説明するべきだ。自分のための備忘録も兼ねて、着想の経緯を少し書き留めておきたい。

そもそもこのシンポジウムは、科研プロジェクト「世俗主義社会の形成・展開と「宗教弾圧」―近現代日本を事例として―」の成果報告という位置づけである。このプロジェクトは2023年にスタートした。後でいうように、僕自身の研究展開の延長線上にこのテーマがあることもたしかなのだが、もうひとつのきっかけとして、前年の安倍晋三氏殺害事件に引き続く統一教会問題があった。この夏から秋、冬にかけて、久しぶりに宗教問題がメディアを席捲し、宗教研究者を含む識者からも、いろいろと発信がなされていた。

僕はといえば、彼らの議論に今一つ乗り切れないものを感じながら、居心地の悪い日々を過ごしていたように思う。乗り切れない、というのは、識者たちの主張が間違っているとかそれに反対だとかいうよりも、この問題に短期間で自分の考えをまとめ、発信するというスピード感への戸惑いの方が強かった気がする。自分はとてもついていけない、という感じ。もっとゆっくりじっくり別の角度から考える方が、自分には向いているように思った。今回浮き彫りになったような宗教と社会の間の衝突や緊張関係、それを僕たちが認識し、理解し、一定の態度を取るという場合、その背景にはいったいどのような文法や構造、権力作用が働いているのか、それらはいったいどのようにして生まれ、変容し、現在にいたっているのか? 社会(あるいは国家)と宗教の緊張関係を突き詰めた形で表す(ように思われる)「宗教弾圧」という出来事を手がかりに、こうした問いに取り組みたいと思ったのである。


他方、僕の個人的な研究履歴からしても、「宗教弾圧」に関心を向けることの必然性があった。近代日本の新宗教を研究対象とする限り、どこかのタイミングで「宗教弾圧」の問題に突き当たる。中山みきしかり、出口王仁三郎しかり、牧口常三郎しかり、その他しかり。戦後日本のリベラルな歴史叙述では、新宗教に加えられた「宗教弾圧」は近代天皇制国家による人権侵害とされ、過酷な状況に耐えて信仰を貫いた宗教者たちが称揚されてきた。その語りを支配するのは、善悪二元論的な図式である。たしかにこの図式は分かりやすいし、戦後日本の気分に合致するものだったと思う。どちらかといえば左翼的な環境で学問形成をしてきた僕自身としても、耳障りのよい物語ではある。

だが、そうした馴染みの「宗教弾圧」言説は、もはや通用しなくなっているのではないか? たとえば中山みき。最晩年のみきは、警察から宗教活動を妨害されており、十数回にわたって拘留処分を受けていた。大学の授業でも(学生が官憲の横暴に義憤を覚えることを期待?しつつ)その話を紹介するのだが、返ってくるコメントは「警察に逮捕されるようなことをするなんて、やっぱり(新興)宗教は怖いなと思いました」式のものがけっこう多い。コンプライアンス至上主義というべきか、彼らにとって法令の善し悪しとは関わりなく、法令に反するものは問答無用の「悪」なんだなぁ、と思う。天皇制=悪に対峙する宗教者の物語は、今の若い世代にとってあまりピンとこないものになっているのだろう(その一方で、海外の「宗教弾圧」を糾弾する語りは、今も市民権を得ている。それが何を意味しているのか、ということについても考える必要がある)。

かつて新宗教は「淫祠邪教」という蔑称で呼ばれていて、戦後に「宗教弾圧」とされることになる取締りも、当時は基本的に適切な行政処分とみなされていた。というか、「淫祠邪教」に対する「弾圧」「迫害」は、官民一体となって行われていたと言った方がいい。そう考えると、日本社会で〈弾圧する国家=悪vs.弾圧される宗教者=善〉という図式が一定の説得力を持った時代というのは、20世紀後半の数十年間に限られるのかもしれない。

つまり、「宗教弾圧」をめぐる言説やイメージは、時代や立場によって不断に揺れ動いてきたのであり、「宗教弾圧」を語る(あるいは語らない)という営みは、つねにすでに政治的なのである。近代日本最大の「宗教弾圧」として知られる大本事件を事例に、戦後社会における「宗教弾圧」をめぐる力学を検討したのが、2020年に刊行した『宗教文化は誰のものか:大本弾圧事件と戦後大本』だった。この本を作る中で、「宗教弾圧」という切り口から近代日本を再照射するという方法に一定の手ごたえを感じた。そこから、より対象を拡大し、各分野の専門家との共同研究というかたちで展開しようとしたのが、今回の科研プロジェクトであり、公開シンポジウムである。


戦前から戦後、現代までを視野に入れて、「宗教弾圧」をめぐる想像力がどのように生成し、変容してきたのか。1/31のPartⅠでは戦前・戦後の日本における「宗教弾圧」的想像力の系譜を、3/21のPartⅡでは日本・韓国・フランスの状況を照らし合わせながら、より現代的な問題群を扱う予定である。くわしい内容は各報告とディスカッションに譲りたいが、ここではひとつたけ、僕たちが共有している視点を紹介しておきたい。それは、「宗教弾圧」を宗教と世俗のコンタクト・ゾーンとして捉える見方である。

「宗教弾圧」は宗教・宗教者と国家/社会を二項対立的な関係に追い込む、あるいはそのように想像させる出来事だ。他方、逆説的だが、「宗教弾圧」を媒介にして宗教・宗教者の信仰世界の中に国家/社会が組み込まれ(たとえば「殉教」や「法難」の物語として)、国家/社会の秩序意識の中にも宗教・宗教者の存在が(否定的なかたちで)刻みこまれる場合もある。そこでは世俗と宗教が複雑に交錯するのだ(そもそもこの言葉自体、マルクス主義者への「弾圧」という世俗的な出来事から転用されたものだった)。その様相を丁寧に読み解き、社会と宗教の葛藤に満ちた関係性を深く掘り下げることをめざしたい。


なお、1/31はシンポ終了後、立食パーティ形式で研究交流会を開催する予定である。登壇者と参加者がオープンに議論を継続し、交流を深める機会になれば、というところで、抜き刷りやフライヤーその他シェアしたいものを持ち寄っていただけると楽しいと思います。

こちらの特設サイトから申し込みができるので、気になった方はぜひアクセスしていただきたい(2回目)。

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